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満州国は日本の植民地ではなかった (ワックBUNKO)
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| ジャンル: | 歴史,日本史,西洋史,世界史
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いささか刺激が強すぎて、誤解を招きそうですね
何冊か黄文雄さんの著作を、まとめて読ませてもらいましたが、人類の歴史、とくに「ネイション(国民国家ないし民族国家)」というものに対する醒めた眼には教えられるところが多々ありました。
ただ本書、どこからデーターを採ったのか、数値的間違いが散見されます。
日露戦争後の1907年、清朝が満洲地方を愛親氏の内朝支配から東三省を設けて中国本部同様、外朝の管轄に移したとき、人口1700万人でしたが、事変直前の1930年には3000万人に(23年間平均で1年約50万人余)増加。これに対し日本人は、事変当時、1%にも満たない22万人でした。しかも内9割方は南端の関東州租借地に固まり、東三省内には2万人くらいしか居ませんでしたし、累積投資額でも日本側の1億5千万円に対して中国側のそれは十倍近くにも昇っていました。資金力でも人材供給の面でも、当時の日本は中国側との競争に東三省開発で負けていたというのが実情でした。草柳大蔵さんの『満鉄調査部』などを参照されては如何でしょうか。
この経済的敗北を、日本陸軍が軍事的に押返そうとしたのが満州事変の狙いですね。
日露戦争後、陸軍は占領地に軍政を敷いて独占支配を目論みましたが、伊藤博文朝鮮統監や西園寺公望首相(総理在任中じっさいに満洲を視察。戦前期、日本政府の現職首相が国外に出張したのは、この1例のみ)らにストップを掛けられて、条約上の権利以外は放棄させられました。しかも、その後もなお、一度は手中にした「特殊権益」の夢が忘れられず、21か条要求やシベリア出兵、張作霖爆殺など試みましたが、みな失敗に終わり、結局、日本国内の政治的主導権を握らないことには、陸軍の野望は実現されないと気付いた結果の軍事クーデターが満洲事変ですね。
それに「満鉄」は、満洲国成立後、鉄道と撫順炭鉱ほかの鉱山以外の企業は、その経営権を関東軍に取上げられ、代わって鮎川義介氏の「日本産業(現ニッサン)=満洲重工業に改名」が陸軍による産業支配の主軸に座ったことも常識的知識です。
まことに切れ味鋭く痛快なタッチですが、議論のベースとなるデーター採集のところにミスが多くては艶消しというほかありませんでした。
台湾人歴史家が語る満州国の真実??日本人は、満州国建国を誇りとするべきである
台湾人である黄文雄氏による満州論である。満州は、歴史的に見て、中国人(漢民族)の土地であった事は無い。??これは、高校生が使ふ歴史地図を見れば、誰にでも分かる事である。殷、周、の時代は言ふに及ばず、漢、隋、唐、宋、明と、漢民族の王朝が満州を統治した事は無い。満州は、高句麗、渤海、契丹、遼、金、元、清など、漢民族(中国人)以外の民族の土地であった。満州が、中国の一部と成ったのは、第二次世界大戦後の事である??この最も明白でありながら、戦後、忘れられ勝ちな真実から始まって、黄氏は、戦後、語られて来た満州史が、いかに史実を歪めた物であったかを指摘する。例を挙げれば、満州への朝鮮農民の移住は、朝鮮人自身の自発的な移住だったのに、日本が強制した移住であったかの様に言はれて居る事、満州で、中国人が朝鮮農民を襲撃した万宝山事件で日本軍は朝鮮人を守ったのに、それが語られなく成って居る事、等々。
こうした多くの真実を語った良書であるが、私個人が、一番教えられた事は、日本の満州開発があれほど成功したのは、満鉄の一元経営が有ったからだとする指摘であった。(230ページ参照)つまり、ハリマンが提案した様な日米共同経営では駄目だったろうと言ふ指摘で、これは興味深かった。又、戦後中国の電力の殆どが満州国の遺産だったと言ふ著者の指摘も、貴重であった。若い読者に本書を推薦する。
(西岡昌紀・内科医/戦後61年目の夏に)
ワック
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